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 ほろ苦い青春がいっぱい---


社会人としての信頼「シティ ゴールドカード」を持とう

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  ゆみんさんの想い出
Date: 2010-12-18 (Sat)
BCRは私の永遠のアイドルですv
そしてイアン・ミッチェルは永遠の天使〜vv
イアンの情報、切望してます。

  YUMINGさんの想い出
Date: 2010-06-11 (Fri)
●BCR と私

 BCRファンのみなさん、始めまして。みなさんの思い出話を見てたら、懐かしさと、今でもみんな同じ思いでBCRを心に忍ばせていることが分かり、感激しました。私も、小学校6年生から中学3年生まで明けても暮れてもBCRとPATのことで頭が一杯でした。壁にポスターを貼り、朝晩PATの唇にキスをし、そこだけ変色してました。その頃は、カセットテープで自分の好きな曲を集め、好きな順番に録音して、それもラジオからです。かれこれ、34年ぐらい前になりますが、捨てることは出来ません。大切な、思い出の品ですから。。。
 私は、中学になると社会科の地理の時間は、いつも地図帳を開いてイギリススコットランドのエジンバラを赤ボールペンで何重にも丸をし、それを眺めていました。いつか、ここに行くぞ!!!絶対にエジンバラ城に行くぞと、妄想?想像?誓い?をしておりました。夢見る夢子ちゃんでした。
 月日は流れ、私も大人になりBCRが青春の1ページとなり、日々の生活におわれておりました。そんな時、ある事件をきっかけにイギリスに行こうと思い立ったのです。1年間でした。その最後の1ヶ月私は、一人でエジンバラに向かいました。エジンバラ駅に着いた時の感動は、今でも忘れることが出来ません。深い、深い、心からこみ上げてくるような、言葉では表せない感動でした。
 それから、一旦日本に帰り、今度は長期滞在を計画し、ロンドンに4年半住むことになりました。その間、エジンバラには2回訪れました。
英語も、30歳を過ぎてから始めました。
今は、日本で暮らしてます。今年46歳ですが、英語の勉強は続けています。先月もイギリスの友人宅に遊びに行きました。
今では、BCRをあの頃のように聞かなくなりましたが、私の人生に大きな影響を与え続けているのはBCRと言っても過言ではありません。私の原点は、あの地図帳のエジンバラと”二人だけのデート”だと思います。
これからもBCRは不滅です。永遠のわたしのアイドルです。

  満月さんの想い出
Date: 2009-12-30 (Wed)
●今やっとレスに恋してるのに

またまた書かせていただきます 1977年2度目彼らの来日時の写真集を32年ぶりに見て大興奮しています。 当時はもちろんわからなかったけど 今見るとレスがとっても色っぽいですよ。 そんなわけで。。。 「どんなわけ」だか自分でもわからないけれど サバンナとやらにレスに会いに行こうと勝手に決めています。決めてはみたものの海外旅行なんて無縁だったし 英語もできない私としては一体どうしたらいいのやら。 いっそ誰かレスリーサバンナツアーを計画してくれないかなあ。今やっとレスに恋しているのになあ。

  eririnさんの想い出
Date: 2009-12-04 (Fri)
●レスリーファンにメッセージです

 たまたまBCRのDVDが手に入って(というよりネットで検索して買ったのだけど)またまたレスリー病が始まってしまいました。彼は本当に本物のイギリスの王子様じゃないかな。私が今まで生きてきた中で一番かっこいい男性です。断言するけど、私が生きてきた年数(結構長いけど)だけじゃなく、ここ100年ぐらいで一番かっこいい男性じゃないかな。本当に美男子で・・・惚れ惚れしてしまう。確かに今はちょっと劣化しているとは思うけど・・・。私は今のレスリーに昔の面影を探しては、一人でほくそえんでいます。あと、息子がやはり本当にグッドルッキングマンなんで 、本当に美男子の血が流れているのでしょう。今だってやせたりちょっと努力すればすぐ、かっこよくなると思うけど、なんというか性格的にそういうことを努力しようとは思わないんでしょうね。生まれついてかっこよかったから。
オフィシャルの本国のサイトで2010年7月にスペシャルなファンの集いみたいのをアメリカでやるという情報がのっています。よかったら誰か一緒に行ってくれる人いませんか?というのも、私の方は全然英語はだめ、アメリカといってもハワイぐらいしか行ったことないし・・・。今回アメリカのサバンナというとこでやるらしいのですが、そんな所、地図上でどの辺になるのかも全然わからないし・・・。やっぱりあきらめかけているんですが、一生の思い出にこの際行っておくのもいいかなあ・・・、とか思っています。だってもう最後だって書いてあるんですよ。
 今のレスリーはおじちゃんになって確かに昔のかっこよさはないと思うけど、絶対会ったら昔の面影を見つけてうれしいと思う。写真だけじゃわからない良さってあると思うんだよね。中身は今も昔も変わってないと思う。すごく優しくて愛にあふれた人だと思う。あと結構能天気っぽい・・・。いろいろあったみたいだったけど、ファンがいっぱい周りにいるっていう環境がレスリーをすごく元気付けると思うんだ。だから、なんか私にとってかなりのアドベンチャーだけど行こうと思ってます。
誰か一緒に行ってもいいっていう、私と同じようなレスリーファンの方メッセージをくれますでしょうか。
 よろしくお願い致します

  じょっぴさんの想い出
Date: 2009-08-09 (Sun)
●今最高

今も好きを書いた主です その後も毎日聞いてます 私にとってその時間が一番幸せです ハスキーでソフトで優しくて力強くてBCRの曲ってどうしてこんなにいいんだろう この年まで何百というグループを聞いてきたけどリピしたいのはBCRだけ 旅行にも携帯に入れて持ち歩いてます 先日レスリーマッコーエンアルコール中毒について語るのサイト読みました 人気絶頂の頃も苦悩があったことを知りました どうか健康に気をつけて他のメンバー共々元気で長生きして下さい BCRと同じ時代を生きられたことBCRの曲に出会えた事私にとって宝物です

  chiyさんの想い出
Date: 2009-07-29 (Wed)
●BCR・今がマイブーム☆

初めまして、おじゃまします。
BCRのサイトを巡るうち、こちらに辿り着きました^^
PCの前で何となく頭に浮かんだベイシティローラーズの文字を
これまた本当に何気なく“今頃どうしてるのかな〜。。”と検索。
そこから色んなサイトを巡り、youtubeで動画を観るうちに何故か
今になってBCRにハマってしまいました・・!
 
彼らを初めて知ったのは確か小5位の時・・
中学の姉がすごく夢中になっていて。。
彼らが地元の大きなホールに初めてコンサートでやって来るという時、
行けなかった姉は、友達とBCRが通るであろう沿道までタータンギアルックで出迎えに行ったようです。
 幼いながらにも彼らの旋風は凄いなぁ〜と感じてました。
姉はレスリーファン。私は笑顔が優しくて可愛かったパットが好きでした。
「マイリトル・ガール」のEPを何度も聴いていた記憶が。。

あれから何年経ったでしょう。。本当に偶然に彼らを検索したことで再び、
いや・・今度はあの頃よりもっと彼らを好きになってしまったような。。
改めて音楽面でもアランが居た頃辺りは、結構良い曲が多いな〜と思ったり。。
先日早速CDを借りてきました。でも現在では中々レンタルでも見かける事が少ないんですよね。。(涙)
そのうちオークションでも狙おうと思ってます♪

携帯の着信はモチロン、待ち受けもBCR☆
車でCDを流しながら、歌ったりして・・
なんか最高にhappyです♪(笑)
彼らを初めて知った時代の自分と、いま丁度同じ年頃の
娘と一緒に「ロックンロールラブレター〜〜トゥユーー♪♪」なんて
口ずさんで楽しんでます♪

検索して知ったことは、ちょっぴりお年をめいた彼らの現在の姿。
でもパットのにじみ出る優しい笑顔はお人柄をうかがえます。
レスリーもすごくファンを大事にされているみたいですね。
疑問だったパットの脱退理由やBCRが解散に至るまでの出来事など
辛い事もあったけど出来るならもう一度・・
デレク、アラン、レスリー、エリック、ウッディ。
そしてイアンとパットも加わった7人のライブが観てみたいです!
いつか実現の夢が叶いますように・・☆

長々とごめんなさい。
投稿の場を与えてくれた管理人様に感謝です。
ありがとうございました☆

  いちさんの想い出
Date: 2009-07-24 (Fri)
●青春のアイドル!

私は10代、BCRが大好きです!
好きになったキッカケはお母さんのレコード。
お母さんはファンだったわけではなく、洋楽好きだったので
なんとなく、実家から持ってきていただけのようです。

ビートルズが好きだった私は、お父さんの持っているビートルズのレコードを漁っていました。
すると、今の時代からすると、だっさい(失礼!)ファッションを身にまとった人たちのレコードが出てきました。
「なにこれー!笑」と最初は笑っていたのですが、見れば見るほど、
時代遅れなファッションが可愛くてしょうがなくなってきました。
初めて目にしたのは「ロックンロール・ラブレター」のアルバムでした。
表紙の写真を見ると、私が持っていたマフラーと同じようなチェックの布を首に巻いた人がいて、
「一緒だー!」とその人を気に入りました。
それから私はBCRが大好きになって、レコード屋さんに行ってはレコードを買って聴きました。
それから昔の雑誌を買ったり、それについてたポスターを壁にはったり…お洋服だって、
裾の広がったズボンをはいてシマシマソックスにスニーカー!笑 ほんとうに、当時の女の子と同じぐらい大好きなんです!

メンバーの中では一番大好きなのがウッディー!
動画を見ていても、ボーカルのレスリーを見ずにウッディーばっかり見てしまいます笑
ちょっと猫背っぽくて、腰は突き出すウッディーの演奏スタイルがすごくカッコイイ!
いっつも動画を見てキャーキャー言ってます。それをお父さんがいつもバカにする(泣)
お父さんはBCR世代だったんですが、ギターマンだったのでBCRの音楽はお遊びだっていつも言います。
でも私はそんなBCRの曲が大好きです。いつ聞いても楽しい気分になれるし、甘くて元気になれます。


なんで、あの時代に生まれられなかったのかなーっていつも思っています。涙
でも、この時代は良い時代で、youtubeでいっぱいBCRの動画が見られる!^^
それに、皆さんのBCRに対する愛も感じられて、その時は、この時代で良かったと思います。

でも、また再結成してくれたらこれほど嬉しい事はないですね!
これからも愛してます!

  満月さんの想い出
Date: 2009-07-14 (Tue)
●今やっとレスに恋してます

アラフォーの私。
毎日仕事や介護で忙しくかつてローラズが大好きというかほとんど恋してたことなんて忘れてたけど。
マイケルが死んで自分の人生振り返る気分なった時 大好きだったローラーズを思い出しました。
最初の来日の時の武道館では目の前に彼らのいる事すらが信じられないくらいでした。
当時私はちょとかっこつけてエリックファンと言っててね。
なぜかレスリーファンと言えなかった。
レスリーの切り抜きとエリックの切り抜きと悲しく交換したっけ。

けど 今 いろんな動画をみ見て気づいたのは 私はレスリーが好きだったという事。
気づいてからは 寝ても覚めてもレスリーのことばかり。
せつないほどに当時のレスリーを思う日々。
現在進行形です。
当時 私レスが好きと言えなった反動かな。
今大人買いのできる私はレスリーに会いにイギリスだろうがどこだろうが行きたいと思ってます。
一目会えたら青春が完結できそうです。
今やっとレスリーに恋してます。やっとたどりついた感じです。

  MKさんの想い出
Date: 2009-05-06 (Wed)
●メイビーアイムアフール?

33年前に遡って、改めてレスリーのボーカルは、甘くて切なくて・・・んも〜胸キュンでっす〜(T T)

  miyuさんの想い出
Date: 2009-05-06 (Wed)
●永遠に

こんにちは

私がローラーズを知ったのは、たしか33年前、なにげなくチャンネルを
合わせたNHKの彼らのテレビショーでした。
衝撃をうけました。なんてキュートでかっこよくて歌も素敵なんだろう。
エリックに一目ぼれして、そのあとレスのファンにもなりました。
それからは毎日がローラーズでした。
レコードと雑誌を買いあさり、ローラーギアーを着て
胸が痛くなるほど恋していました。
田舎だったのでコンサートには行けませんでしたが、同じ日本の空気を
吸っているだけで幸せだった。
あの時のキラキラした時代に戻りたい。
中学の文化祭でローラーズの部屋みたいなものを作りグッズを展示して
曲のリクエストを受け付けて流したりしました。
男の子たちはキッスやクィーンで反発してました。
皆さんと同じようにほんとにお嫁さんになって
エジンバラに行くんだと思っていました。
しばらくローラーズから遠ざかっていたのですが、
最近懐かしくなりCDを聞き始めました。
そして、あの時代には見れなかったDVDをたくさん観ました。
どうしようもなくなりました。
やっぱり生涯ナンバーワンです。
レスの声ってなんて素敵なんでしょう。
エリックの首をかしげて歌う姿は超かわいいし。

このサイトで皆さんの想いを見ていて涙が出そうです。
同じ想いの人がたくさんいて勇気をもらいました。
そしてなによりローラーズに感謝です。
素敵な青春をありがとう。
これからもずっとファンでいます。

コンサートやってほしいですね。
叫びたい〜

We want rollers!

  じょっぴさんの想い出
Date: 2009-02-19 (Thu)
●今夢中

ネットってなんてすごいのでしょう。
私はちょうど彼らが活躍してたころ子育てに夢中でしたので
時間を共にすることはできなかったのですがステキな歌声と
かっこいいグループがいることはしっていたのですが今一人時間ができ
ネット配信で動画みると曲も歌もルックスもめちゃかっこいい。

時はすっかり30年前にタイムスリップ今すっかりはまってしまいました。
当時はサタデイナイトしか知らなかったのに他にもこんな良い曲があったなんて
覚えています。
ラジオで初めて聞いたとき少し子供っぽい声だけど歌がうまくて
いやいや歌声にあった甘さのあるステキな人だなって思いました。
ネットのおかげです。
当時彼らをもっと知ってたら育児なんかばからしくてできなかったかも。
でもレスリーの奥さん日本人とは驚きました。うれしいですね。
ますますファンになりました。
でも今頃ファンになるなんて私くらいかなあ。
今リバイバルブーム再来日してほしい。
今聞いている曲は彼らが20代の時、今の20代の人の曲は聞く気はしないけど
自分が20代だったときの歌は聞く気がするから不思議。
このホームにただただ感謝

管理人さんありがとう。

  キュン子さんの想い出
Date: 2009-02-10 (Tue)
●33年前。。。今も繋がっていたい

管理人さん、皆さん初めまして。
今もこういうウェブサイトが存在していることとても有り難く思います。

私は1967年生まれ、3つ上の姉の影響で小3からローラーマニアになりました。
まだ小さかったので出来ることは限られていましたけど、今まで生きて来てやっぱりあれ程夢中
になれるものは見つかりません。
コンサートにやっと行けたのは高1の9月の武道館、誰も友達がいなくて一人で制服着たまま
、おっきなラジカセを忍ばせて行きました。 夢中で一緒に歌って叫びました!
彼らの宿泊ホテルがサンシャインプリンスで(どっからそんな情報得たのかしら?)自宅から
割と近かったので初めて「追っかけ」も徹夜で挑戦しました。
そこで少し年上のファンのお姉さんと知り合い、数年間交流していました。
あと同い年のファンの女の子とやはり雑誌の投稿で知り合い、一緒に渋谷の古本屋まで出かけて
文通を暫くしたのも良い思い出です。
彼女達、今頃どうしているんでしょう? 今も元気だといいな〜

狂っていた割には一度しかコンサートに行けなかった、昨日からふと思い出してyoutube で
見まくっています。
懐かしすぎて涙が出そうになります。メンバーの近況も知りました、まあ、色々ありますけど
やっぱり私の大好きなBCRのメンバー達。
2007年のレスリーのオーストラリアでのライブの模様も見ましたが、あの甘い歌声は殆ど
変っていないんですね!! これには感動。

もう一回コンサートに行きたいです、夢で終わってしまうのかな〜?
エジンバラにも死ぬまでに絶対行ってみたいです。
もうあんなに夢中になれるものはきっとないと思いますが、BCRのファンになったことで
後の私の人生にも大きな影響がありました。
今の私があるのもBCRのおかけです。
この胸のキュンとする青春の思い出、一人勝手に長々と書かせてもらいましたが、こうやって
想いをアウトする場所を設けて下さって感謝します。
過去ってとても寂しいですね。。。だからこれからもBCRのメンバーには活躍して欲しいです。
50代ってまだまだ若いですもんね!
ありがとうございました。
またちょくちょくお邪魔させてもらいます。

  ピンキーさんの想い出
Date: 2008-07-30 (Wed)
●ベイシティローラーズの思い出

今になってベイシティローラーズが懐かしくてたまらない。
 あのころは、まだ中学生だったけどレスリーが好きで好きでたまりませんでした。今でもローラーズのLPレコードが4,5枚きれいに保管されていました。お小遣いはすべてレコードや本(ロックショー?)に消えていったような記憶があります。
 もちろんコンサートにも行きました。レスリー人形を作って行きました。
あのころはビデオもなくて、テレビでごくたまにやっているのを見るだけでした。
 今になって懐かしくてCDを買ったりDVDを買って見ています。かなり前の映像ですがとてもきれいで、あのころの大好きだったレスリーがよみがえってきます。
######## 楽しい思い出 いっぱい ありがとう########

  KIMIEさんの想い出
Date: 2006-11-21 (Tue)
●記憶の扉を開けて

はじめまして!私がBCRを知ったの11才(小6)の時、中2の兄がBYE BYE BABYというレコードを聴かせてくれました。翌年TVでイギリスの番組「SHANG-A-LANG」が放送されたけど,学校で見られず近所の家電店に頼み録画してもらい見ました。

中2でコンサート体験大好きなPAT はもういなかったけど楽しかった。それから31年レコードはCDにVTRはLD⇒DVDになったけどほとんど持ってます。着メロはモチロン『二人だけのデート』です。

  miyukiさんの想い出
Date: 2006-11-21 (Tue)
●今も

今もレスリーのバースデーは意識しますね。毎年関係ない所で生きていても、レスが心の中にいます。
当時の自分は好きだったしもちろんBCR特にレスリーは・・・

今現実には大した事のない毎日ですが、毎年忘れることはないなあ・・・

  KATHYさんの想い出
Date: 2006-07-10 (Mon)
●マイ スイート・メモリース

BCRが大好きになった頃は、中学2年生の頃でした。
あの頃は、新潟に居たので東京の子が本当にうらやましかったですね、
今でもフイルムコンサート、新潟に来た時のコンサートなんかが音楽を聴いていると思い出されてきて、
タイムマシーンがあったら?戻ってきゃー!きゃー!と言ったり、
タータンチェックの洋服着たいな?なんて思ってしまいます。

あの頃、夢見る夢子ちゃんだった私は、何時か?レスリーと何処かで出会える?
なんて真剣に夢見てた中学生でした。いい時代だったなーと凄く思います。
携帯もパソコンも無かったけれどそんな?あの頃が何時までも懐かしくて本当に
BCRと出会えて本当に良かったです。絶対に一生ファンでいようと思っています。
また、フイルムコンサートとか有ったら行きたいな、なんて思うこのごろです。
そしたらファンの皆と会いたいな?お友達も作りたいです。

  樹音さんの想い出
Date: 2006-06-18 (Sun)
もう30年来のファンです。
ファンになったばっかりの当時はまだ中2でした。
ファンになってすぐに日本で初めてのコンサートがあったのですが、チケットが取れず、
ローラーズが帰国する日は、同じ日本にいて会えなかったことが物凄く悲しくて
学校で泣いてしまいました。とにかく頭の中はいつもローラーズのことばっかりでした。
休日は手作りのローラーギアーを着て、同じファンの友達と街中を歩いたり、
フィルムコンサートに行ったり。翌年には日本武道館での追加公演のチケットがやっと取れて、
初めて見る生のローラーズが良い席がとれず余りにも小さくて、
でもとても感激することができて、後日発売された週刊誌に私と友人が小さく写ってました。

それから数年してあんなに沢山いた熱狂的なファンが徐々に減ってきて、
それを寂しく思いながらも私はローラーズファンをやめられませんでした。
結婚して娘が生まれたら「愛しのジュネ」から名前を貰って樹音と命名しようと決めてたのに、
娘を授かることはできませんでした。

特に孤独感や落ち込んだ時などに、ローラーズの曲を聴くと「もう、何にもいらない!
ローラーズの曲があれば!」とっても心が満たされます。
今ネットなどでいろいろと目にするのは当時ローラーズを馬鹿にしてた人達が、
ローラーズの曲を改めて聴いて感激したと言う話や、男の人で当時からファンだったけど、
当時は言えなかったと言う話を良く見ます。
そういう話を聞くととっても嬉しいです。私のファン歴はこれからも更新中です!!

  ジュネさんの想い出
Date: 2006-06-14 (Wed)
初めまして、当時14歳、今43歳で今も尚Leslieの歌声に魅了されている主婦です。
NHKのヤングミュージックショーの多分再放送、しかも半分ぐらい終った辺りから
見始めたにもかかわらずその場で、エリックのファンになってしまった私。

あのすさまじいライブ(ファンにもみくちゃにされても、笑顔。
みたいな、尚且つ歌が絶対途切れない、みたいな。)が、
中2のわたしの心に、バシッと入ってきました!
次の日ぐらいにはレコード店でロックンロールラブレター(シングル)を
買ってました。

そして、その年の12月に初来日。福岡九電記念体育館に、
私の影響でウッディファンになった姉と見に行きました。
同じホテルに泊まったものの、会えませんでした。
(ちっきしょー!!)でも、ホテルに入っていくタクシーに乗った
ローラーズが赤信号で止まったときです!
タクシーの後部座席の窓が少ーし開いていて、そこから、
すかさず握手を求めるとなんと、レスリーが握手してくれました。
代わる代わるそこに居合わせたファンは、握手してもらえたとおもいます。

その後放心状態で立ちすくんでいたら、パットが私に手を振ってきてくれたんです。
信じられず後を確認しても、誰もいなかったので、私に〜?って
えー!!と、思いながら、めいいっぱい手を振り返したのを今でも鮮明に覚えています。
今は、姉がCD。私が、DVDを手当たり次第に探して毎日1人ローラーズライブを満喫して、
胸がいっぱいの日々を送っています。今も青春を感じさせてくれるBCRに感謝してます!

  クーさんの想い出
Date: 2004-12-16 (Thu)
初めまして。ファンになって27年です。
中学の頃は、マジでレスリーと結婚したいと思ってました。

白地にチェックの服を作ってもらい、コンサートで豆つぶのような
レスリーを見て、死にそうにうれしかったのを覚えています。

11年前に行ったコンサートでは、運良く1列目の席がとれて、
レスリーと握手出来ました。
レスリーに触れる事ができるなんて、夢のまた夢・・。
11年前も倒れそうになったけど、中学の頃なら確実に気絶してたでしょう

一生ファンでいます

  ローラー・ローラーさんの想い出
Date: 2004-11-25 (Thu)
こんばんわ、はじめて投稿させていただきます。
私のローラーズの思い出は、中2のときから始まります。
その頃の夜のラジオ番組からは、毎晩サタディ・ナイトのカッコイイ、メロディが
流れていたのを覚えています。学校をサボッて海岸に行き、ロックンロール・ラブレターを大音量で夕方まで聴いていたことも懐かしい思い出です。>^_^<
あの頃に帰りたいたいですね。
あっ、それと未だにわからないことがあるのですが、どなたか知ってたら、教えてください!!
二人だけのデートの最後の最後で、クシャミをしてるのは、本当にウッディだったのですか?今でも気になってしかたないんです。よろしくお願いします。
また投稿させてもらいます。      それじゃ。

  エンペラーさんの想い出
Date: 2004-09-15 (Wed)
こんにちは!私は、仙台市に住む、39歳の男性の会社員です。リアルタイムでローラズのファンでしたので、もう30年近いファンです。ローラズと出会ったのは11歳のときですから、おそらくリアルタイム・ファンとしては、最年少の部類です。

数年前、仙台で行われた、ローラーズの再結成コンサートに行ってきました。私は、「当時のお姉さんがた」が再び集まってくることを期待していたのです!ところが、コンサート会場にきたのは、ほとんどが10代,20代の若い女性ファンばかり・・・。残念でした。仙台のリアルタイムのローラーズ・ファンは、ほとんど死んでいます・・・。

若いファンの人たちは、一緒に歌を歌ったりなど、とても勉強熱心な人が多かったです。「あの頃のお姉さんがた(今の40代のローラーズ・ファンのかたがた)」、がんばってください!!
でも、インターネットは10代,20代の人が多いから、やっぱり少ないのかな・・・?ちなみに、私の一番好きな歌は、「イエスタディズ・ヒーロー」です(実は、今聴いています)。

  cocoさんの想い出
Date: 2004-09-12 (Sun)
中1の9月初めて彼らの曲「SaturdayNight」を聴きました。
直ぐにアルバム「ニューベスト」を買いました。
ジャケットでメンバーと初対面。途端レスリーにメロメロでした。
腕を組んでいるその写真は髪も眼も黒い所為か落ち着いて見えて 「大草原の小さな家」の父に似ていて(チェックシャツにサスペンダーという格好もね)
当時13歳の私は 結婚するなら絶対この人がいいな!と強く強く願い続けておりました。2度目の来日で初めてコンサートに行けて同じ空間に存在している事に感激で。
思春期の弱き傷つく年頃に レスリーがいてくれた事は 心の支えでした。
苦しい時も彼の事を思い彼らの曲を聴けば 乗り越えられたのです。
1993.12.11のライブで私の住む町に来たので 幼い子どもを母に預け 見に行きましたよ〜。前列で見れたし 手紙も渡せたのです。そしたらレスリーは
ライブ中 何度も握手をしに来てくれて 本当にあの夜の感激は忘れられません。 実は夢見る少女な私は(少女だったと訂正)メンバーが登場する創作もずっと書いていました。これは今でも趣味的に続いております。こんな事をどうどうと書き込みできるこの場所を偶然見つけた事に感謝!

  Toriさんの想い出
Date: 2004-05-10 (Mon)
中学時代の3年間、1日がローラーズで始まりローラーズで終わるという毎日。
本当に楽しい日々を過ごしていたなっと思います。
今思えば若さゆえ、はずかしこともいっぱいやったな〜。バカまるだしっぽいことも。 
彼らのバースデーには必ずケーキを買って友達の家に集合したり。
あの頃に戻ってもう一度、どっぷりローラーズにハマッてみたい。
今も家事をしながら、CDをかけていっしょに歌ってます。
なんべん聞いても飽きないんだから仕方ないって感じ!!
あ〜レスリーの甘く切ない声は最高です。
少し前にNHKのアーカイブスという番組でkissの放送がされましたが、ローラーズの
77年1月8日のヤングミュウジックショウが見たくて見たくてたまらないので
もう一度、NHKのアーカイブスという番組にもリクエストをしました。
みなさんもリクエストをしてローラーズの映像を我が家のテレビで見ましょう!!

  Eriッ子さんの想い出
Date: 2004-04-09 (Fri)
Rollersの事なら私も言いたい事がたくさんたくさん。あれは私が中2の春、何気なくつけたNHKで、UKでのRollersのショーを放送していました。ファンの熱狂ぶりは大変なもので、私もEricに一目ぼれしてしまいました。もうその日からROLLERMANIA。レコードも買いまくったし、本も買った。

Ericの青い瞳を見るだけでどきどきしてくる。今でもね。英語ももちろんがんばったしいつかEricに愛を告白したいと思っていた。その思いは今でも変わっていません。もうEricが好きで好きでたまらない!あのギターを弾く時のかっこよさはたまらないよね。ちょっぴり首をかしげて歌う仕草も素敵だし、どことなく影のあるところも強烈に惹かれる。Eric命で早29年。こんなにも長い年月好きでいられる人に出会えて本当に幸せ

本当にLoveiy To See You

  ストラトの道化師さんの想い出
Date: 2004-02-28 (Sat)
皆さんはじめまして広島の中年ギタリスト
「ストラトの道化師」と申します
高校時代にBCRと出会いギターを始めました
それからはもうBCR一色の日々でした
そんな有る日、BCRがネスレの「キットカット」
のイメージキャラクターとしてテーマソングがTV
で流れ、キャンペーンとしてBCRグッズプレゼント
等が有り、私は「キットカット」を買いまくり応募し
ました
その甲斐あって、メンバーの直筆サイン入りアルバム
「恋のゲーム」が当選し、我が家に届きました
届いたときは本当に嬉しくてたまりませんでした
今でも我が家の家宝となっています
ただ、正直言うと、それが本当に直筆のサインなのか
と疑った時期が有りました
雑誌等に載っていたサインと若干違う様に見えるのです
どなたかこの件に関して情報をお持ちの方、些細な事で
も結構ですので頂ければと思います
me478523@members.interq.or.jp

  ゆ〜さんの想い出
Date: 2004-02-04 (Wed)
今日、「ラブアクチュアリー」の試写会を見てきたのですが、
映画の中でBCRの「バイバイベィビー」が流れて、
つい懐かしくなって家に帰るなり検索してここにたどり着きました!
BCRで青春した人、沢山いますね。
私も、お小遣いはレコードやら雑誌に消えてしまったし、
一生懸命家のお手伝いをしてお小遣いを稼いで
コンサートに行ったり、
彼らが泊まっているホテルに忍び込み、
従業員エレベーターを使って彼らが借り切っていたフロアで、
警護の人に見つかってしまったり・・・
懐かしく思い出しました。
明日、CD買いに行こうっと!

  JULIANさんの想い出
Date:
私は10代で、生まれた時はとっくにタータンハリケーンは過ぎていました。
当然ながら私は当時の様々な事を肌で感じる事は絶対にできず、
雑誌等の書籍やレコード、CDBOXにVHS、DVDすら手に入れる事が困難です。
生まれたのが遅かったのだし私にはどうする事もできない事ですがあまりに悲しすぎる!
たとえBCRの事をあまり知らなくても私のBCRに対する思いは
当時からのファンの皆さんと同じです!こんな事ってありですか!!

  くみさんの想い出
Date: 2003-08-25 (Mon)
ただただレスリーが好きでした。中2ぐらいだったかな〜。お母さんにレスリーみたいな白い上着作ってもらったな。少ないおこずかいは、すべてレコードとロックショウなどの雑誌買うのに消えてた。”夢の中の恋”が1番好きで毎日聴いてた。英語が得意になったよ。おかげさまで。いまでもレスリーはカッコイイままのレスしか思い浮かばない。

  Shige'chさんの想い出
Date: 2003-08-14 (Thu)
はじめまして。(謎)
もう、とてもそれは、すさましい勢い。
念願のShang-A-Langの映像みましたけど、
想像以上!。
何か始まりそうなドキドキ感。
本当に実際の映像見れてもう思い残すことはないと思ったくらいです。?

人気を作るのではなく、
人気が後押した近年では例がない社怪現象。

メデイアが事前告知したり、しかけたたりする、時代でもなく、
すくなくともイギリス全土が、まさにそれ一色。
ファンが会場で失神者続出でコンサート中止。
川辺の中継になんと、ファンが川へ入るなんて、
予想外の出来事続出。
レスリー脱退ニュースが世界に流れ、
悲倒するファン。
今聞くと??がつくかもしれない、
アリスタレコード賭けたとも思えるサタデーナイトの斬新さ。
みごと全米1位。

コンサートを見にいってはいけないなんて、とんでもない時代だったとか。
人気があるのまともにオンエアされなく、
今ではあり得ない、NHKが番組を放映。
なにもかもが別世界の映像をみたようだったのでは?

歌って、楽器が出来、オリジナルも作れる。しかも、ポップス、ロック、バブロック、を合体させ10倍以上なサウンドでファッシナブル。
絶頂期は1回り下の世代だったけど、
タータンチェックの帽子やら見にまとった女の子ばかり。
ジーンズにそれはちょっといただけない?が今でもリバイバルで通用しそうなオシャレ。ごく普通のものにチェックをいれるアクセントでたいしたお金がかからない!(?;)

音楽を通して、どうあるべきか?なんたるべきか?をファンに伝えたBCR.
アメリカのTVショーが放映中にも関わらず、脱退したレスリー。
アルバムに自分の曲を入れてくれない、あけてもくれてもコンサートの毎日。
人気とは裏腹に鬱積が積もっていたメンバー。
BCRが歴史に残っているのは音楽に対する姿勢なのかも。
とにかく、騒がれてただ女の子にキャーキャー言わて満足するだけの
器におさまらないグループだったような。

とにかく、物凄い時代を共有できたとゆう
強烈な印象あります。

  ムギさんの想い出
Date: 2003-05-21 (Wed)
最近、中学の頃のテープをCDに落とす作業をしていて、スコッティーズやショーティやバスターを聞いて涙したワタシです。BCRはCDを購入しました。
あの頃はほんとにパットと結婚できると信じていて、英語でプロポーズの返事などを練習していたものです(笑)。パットに関してはプロフィールが全部いえました(笑)。
皆さんと同じようにやはり英語はBCRのおかげでトップクラスで今は日本語教師をしています。初めてロンドンに行ったときは感動したものです。
全盛の頃はワタシは四国の片田舎に住んでいたのでコンサートにいける都会の子がうらやましかった。ワタシも失神したかった〜。
唯一の情報源はラジオだけ。八木誠さんの番組でハガキを読んでもらった翌日はクラスのヒーロー(?)でした。懐かしいです。
BCRを聞くとあの頃の空気や自分が一瞬にして蘇ってきます。こうやってファンクラブが残っているのは日本だけかもしれませんが、いつまでも(死ぬまで)私たちのアイドルでありつづけるでしょう。
あの頃はアイドル全盛でした。フリントロックとかデッドエンドキッズとか聞きたいけどテープが損傷しちゃって聞けないのがすごくつらいです…(T-T)

  あの頃にもどってみたいさんの想い出
Date: 2003-03-20 (Thu)
私のローラーズへの思いは、一言では語り尽くす事の出来ない私の人生そのものです。ローラーズの初めての日本の来日から、来日のたびに東京のコンサートは全て行きました。もちろん、ヒルトン、京王プラザ、銀座第一ホテルなどへの追っかけや、ホテルの裏口からこっそり侵入したり。。。NHKの収録コンサートでは、1時間の番組を撮るのに、3〜4時間かかり、私の投げたチェックのマフラーをレスリーがパットのマイクに結わきつけてくれて、我が家の家宝に持ち帰り、毎日頬擦りしていたっけ。。

 当時はとにかく英語を勉強してレスリーと結婚するなんて、真剣に考えていた。教科書の挿絵の顔は全て、ローラーズの切り抜きをはり、暗記の文章は主語を全部Leslieに置き換えていた。そのおかげで、高校でアメリカに1年留学し、その後も英語関係の仕事をしながら、今では約40ヵ国を飛び回り、通訳も出来るほどになった。

先日、福田官房長長官と御婦人の通訳をする仕事があった。憶えているだろうか?当時、タータンカンパニーという、ファンクラブの会長が福田ちずるさんで、彼女は当時福田総理大臣の孫娘とか言われていたので?そのことを聞いてみたら、そんな名の人は身内にいないそうです。???何はともあれ私にとってBCRは人生そのもの。あの頃、彼らに出合っていなかったら、今の私の人生はどんな風になっていたんだろう。いくら感謝しても、仕切れないほどである。家族でエジンバラに行った時、2人の娘達に”私の燃えていた青春とレスリーへの思いを”話した。娘たちも、レスリーの柄のタータンを見つけるたびに、”ママ、レスリーの!”と教えてくれた。。。

そして娘達の一言”どうしてそんなにレスリーが好きだったのに、パパと結婚しちゃったの?ぜんぜん似てないよ”  Yes, I want to ask why! 現実はきびしい!あれから、20〜30年たとうとしている今、私はついに40になりました。流れてしまった日々は取り戻せないけど、いつまで経っても、BCRに夢中になっていた頃の輝かしい青春は私の心の宝物です。そういう気持ちを常に持ち続けて気持ちを若く持ち続けようと思っています。同じ気持ちを共有できる人がこんなにいたことを知っただけでも励まされました。  ありがとう。BCR!!!!

  yumiko woodさんの想い出
Date: 2002-12-14 (Sat)
私が中一の頃たまたま聞いたラジオでBCRを知ってから寝ても覚めてもLes&woodyの日々でした。あの頃はラジカセだけがRollersの情報源だったのでkit cut yes I realy dig it!とCMが初めて流れた日にゃもう涙が出ました。当時は家が厳しくてコンサートは一度もイケナカッタカラ。ノートに歌詞を写しては自分で英和辞典を牽いて詩を訳したりおかげで英語の成績だけはトップで大学まで英文科に進みましたが普通に就職し今は二児の母です。いつかエジンバラにという夢は叶いませんでしたが、いつか娘たちと行けたらいいな。同じような人たちがたくさんいる事を知ってまたあの頃のどきどきと胸キュンの気持ちが蘇ってきました。LPや雑誌の切り抜きは実家で全て処分されたのでまたCDを買って家事の合間に聞いてます。このサイトを知れたことがRollersからのX’masプレゼントかな!

  み〜やさんの想い出
Date: 2002-11-17 (Sun)
BCRとの出会いは私が中学のときでした。多感な思春期、結構不幸な家庭で育った私。そんな時心の支えになっていたのが、BCR。レコードを聞いてはまだ行ったことのない英国に思いを馳せていました。そして、「ヤングリクエスト」でBCRの曲の順位をチェックするためだけに、毎日夜中の2時、3時までラジオを聴いていました。地方に住んでいるので、コンサートには2度位しか行ったことがありません。
今現在、不況の真只中で人生に疲れている私、レコードプレイヤーはもうないので、パソコンで移植版のCDを聴いては、昔を懐かしむ今日この頃です。
誰がなんと言おうと、BCR(特にレスリー)は、私の青春そのものだ!!

  ほほえみさんの想い出
Date: 2002-10-26 (Sat)
名前は当時のニックネームにさせていただきます。
仲の良かった友達と一緒にフィルムコンサートにいきました〔地方なので・・・。〕
何も考えずフィルムを見て騒ぎまくる姿は、今の私達からは想像も出来ません。
私はレスリー、友達はウッデイ、もう一人はエリック、・・・とそれぞれにファンになっていたので、話す事とは、ローラーズの事ばかりでした。
当時の部屋は、もちろんレスリー一色で、天井には等身のレスリーの写真・・・。
自分の結婚相手はもちろんレスリー、大人になったら絶対逢いに行って結婚する、
とかマジに思っていました。なんか、こんな事、書くのも笑っちゃいますけどね。
当時の友達とは、今でも仲良くしています。学生時代の友人っていいですよね。
それと、なんと私の嫁ぎ先の妹もローラーズの大ファンだったらしく、結婚してきて、ローラーズのレコードがイッパイあったのには感動でした。又書きこみします

  ぴんくさんの想い出
Date: 2002-09-28 (Sat)
私は、13歳の女の子です!中1なので、周りの友達はもちろん、誰もBCRのことを知りません!私も最初は、全然興味なかったけど、CMやCDショップでBCRの曲を聞いて、もっとこの人たちの曲が聞きたい!!って思って、早速CDを手に入れて、聞きました!すっごく感動して、その日からずーーーっと聞くようになりました!この年だから、私自身も全然詳しくないけど、BCR、大スキです☆

  ひでゆきさんの想い出
Date: 2002-09-17 (Tue)
はじめまして。36歳の男です。
 BCRとの出会いは、小学校6年時に聞いたSaturday Nightで、この曲で洋楽に目覚めました。当時英語はわからくても、S-A-T-U-R-D-A-Yのかけ声だけはわかったので、一緒に歌ったものです。中学に入学する頃、ベスト・アルバムRock'n Roll Love Letterを買い、分からないながらも歌詞カードみながら、大声で歌うのが、何よりの楽しみでした。今思うと、これが最高の英語の練習になりました。というのは、BCRの歌詞は、英語がとてもシンプルで、This is my rock'n roll love letter to you. Do you love me like I love you? など、中1で習うレベルの英語が、BCRの音楽に乗るとこんなにかっこいいんだと、英語がますます好きになったものです。おかげで、中学、高校と、英語の成績はいつも優。今では英語で飯を食えるまでになりました。BCRがいなかったら、今の自分はないと言っても過言ではありません。いまでも、車の中で大声で歌ってます。
 他に思い出すのは、TBS(多分)で8時位から放送された、スタジオの生ライブです。いまでもビデオが局に残っているだろうから、DVD化してほしいものです。
 ところで、エリック&ウッディの作品"Love Me Like I Love You"って、ほんと、シンプルでいい曲だよな。2人の才能が、きらりと光ってます。
 以上、乱筆ですが、今でも聞くたびに当時の純粋な気持ちにさせてくれるBCRに「ありがと〜!」。

  エリアンさんの想い出
Date:
私の最高の思い出は、1982年の3月に初めて旅行したロンドンで、偶然に最愛のイアンに逢えた事です!76年にイアンの存在を知って以来ずっとイアンを応援してきました!実際に逢った彼は、私の思い描いていた通りの素敵な人でした(^0^)優しくて有名なのに気取らず お茶目な人だったんです!嬉しかったなぁ〜!それからBCRも、THE ROLLERSも平行して見守ってきました!10代の多感な時期に夢中になれるバンドに出会えた事を今でも 私の誇りです!

  村尾 由美さんの想い出
Date:
私も、 BAY CITY ROLLERS との出会いによって人生が変わってしまった人の一人です。10代だったあの頃、人生そのものが彼らと共にあって、きらきら輝いていた毎日でした。昨年、長男の柔道の試合で何十年ぶりに日本武道館へ行きました。とても懐かしくて、入り口に立ってしばらく思い出にふけってしまいました。伊丹さんの名前、新幹線の中で初めて会ったLESLIE、サイン会で「かわいい」って言われて握手した手を胸にあてたあの時、多感な少女時代を全てLESLIEに捧げていた私でした。彼が結婚した頃、私も、少し大人になって、いくつかの恋をしました。
でも、現実は、歌の様に甘くはなくて、私は、一人イギリスへと傷心の旅に出ました。そして、エジンバラの丘へ行こう、それから、もう一度やり直そうと、、、夢にまで見たエジンバラはとても美しく優しく、傷ついた私の心を癒してくれました。そして、あの頃、まだ10ヶ月の赤ちゃんと奥様と幸せに暮らすLeslieに出会って以来、、、こうして、ファンの皆さんにまた会えるなんて、、、パソコンを習う様にと主人がSONYのVaioを買ってくれたおかげと感謝して・「ます。これからも、輝け!Bay City Rollers 大切にしていきたいと思っています。

  Paddyさんの想い出
Date:
今年、フォーリーブスが24年ぶりに復活しました。小・中学生の頃彼らのファンだった私は当時を振り返る事になり、同年齢の(元)女の子達の変わらぬ気持ちを知りました。それなら、高校生〜全青春を懸けたBCRは?と思い、ここに辿り着いたのです。数年前からTVでちらほら耳にするようになり、「あぁ、私達の年代が番組を作る立場にいるんだぁ〜。」と、感動していました。
私はWoodyファンです。洋書コーナーで、雑誌を見るのが好きで、友達と毎週通っていました。「エルトンジョン」「キッス」「ローリングストーンズ」etc...そこで二人ともハマッテしまったのが、タータンチェックに身を包んだ彼らだったのです。毎週交代で雑誌を買い、アルバイトをして、来日の時には、ホテルに泊まり新幹線で移動し、タクシーで追いかける。という状態でした。衣装はもちろん、Woodyコス!黄色のタータンチェックの生地を探して、手作りしました。(当時、なかなか無かったのです)親となった今は、考え物ですが、やっぱりそれが出来てよかったと思っています。♪It's crazy but it's truth...ですよね。

  ようこさんの想い出
Date:
高校時代は、武道館に何回行ったことでしょう。コンサートの日、たまたま科学技術館の前の空いている道で開演を待っていて、武道館まで一本道だし、空いているこちら側からメンバーは、会場入りしたりして・・・って話していました。なんと、そのとうりだったのです。ハイヤーで会場入りするメンバーを20センチくらいで毎回会うことができて私たちグループの秘密でした。レスリーは色白でとてもきれいな肌だったのを覚えています。でも、そのうちだんだん皆さんが会場入りのコースに気が付いてどんどん人数が多くなりました。 コンサートでは、当時よく言われた失神とまでいかなくても、貧血状態になってしまい、係りの方に運ばれて、ゴザに寝かされ、牛乳を飲ませていただいたのも今となっては良い思いでです。私にとってのローラーズは、今でも元気のもと。ずっとこれからも大切にしていきたいです。

  エミコさんの想い出
Date:
他の誰にもない私だけの想い出、その1、大大大好きなレスのポスターに毎日キスしてたら、レスの唇のところだけ色が変わっちゃってものすごく後悔しました。その2、文化放送の「輝け!BCR」で私のハガキがめちゃめちゃウケて、当時ディレクターだった江川さんが椅子から落っこちたことは、今でも心の中で自慢です。

中学生の時、姉が自分の部屋にローラーズのポスター貼ってるのを初めて見た時は、「なに、いい男が一人もいないじゃん」なんてバチあたりなこと思ったものですが、高校に入ったらクラスにレスに似た絶世の美男子がいたことがきっかけで、実に不純ですが、ローラーズにはまっていったのです。

LPやロックショウの発売日をいつも心待ちにしていたのは皆さんと同じ。ただ、田舎暮らしなのでコンサートにはとうとう行けませんでした。やはり「ギンザの恋」がきっかけで、このたびAMAZONでCDを買って毎日毎日聞いています。私はもうエンジェルでもベイビーでもなくなったけど、聞こえてくるレスの声は甘くて可愛くて昔のまま。あの頃はなんていい時代だったのでしょう。

  クイーン和子さんの想い出
Date:
中学のときからデレク一筋、周りの友達はもちろんほかのメンバーのファンばかり。デレクのどこがいいのと言われつづけてきました。でも私はデレクの顔とパワフルなドラムが大好きです。この間上野のラサンゴというライブバーで、BCRのカバーが生で聞けるというので、昔の友達で大のレスファンと行ってみたら二人とも大感激!ちょっと焼酎を飲みすぎちゃったけど、ふたりぼっちの十代に戻った感じで、最高でした。レスファンの彼女は、ボーカルの人があんまりかっこよくないって言ってたけど、私はデレクファン。かっこよさは問わないさ。十分に楽しんだ一日でした。今週の金曜日にまたBCRナイトがあるんだって。全国のデレクファン、よかったら一緒に行って盛り上がらない?

  1965製ヒロ!さんの想い出
Date:
75年からのBCRオタクです。基本的にギター弾きなので「子供っぽい」「ミーハー」「ロックじゃ無い」等と、BCRを判断する方々とは視点が違います。「クチパク」「生演奏出来ない」等の意見を述べていた方々とも違〜います。
BCRの曲はビートルズ(大げさか?)同様素晴らしく、記憶から消去不能な音楽で、小学校の頃からコピー(ギター)してました。男ですのでキャーキャーじゃ無いですが、超ファンです。想い出を述べると・・・・アルバムは【76武道館LIVE】(ブートLP)が第1位! 曲は【ドンストミュージック】【ドンウォリベイビー】【レッツプリテンド】がBEST3です。当時は切り抜き等・・・も・・・「チョットマッテ」(レス風に)男だろう!!少ししてた。しかし毎日ギター弾いてたな〜っ。こういったHPを発見すると(入店者が同年代なので)同窓会状態になるのが大好きです。昔レコードで聞いてた音楽は、今CDですが・・・

25年程前に(初恋の頃ですか)戻れますね。今だに寝るときは(子守唄代わり)BCR!忘れられませんね〜っ。最後に一言・・・BCRをトヤカク言う奴(特に音楽的・楽曲分野で)俺も大のROCK好きだし、中年?ですが(ブルース好き)「ミーハー」と判断するのは間違いです。楽曲は本当に素晴らしいです。PS・チェックの衣類が多い(大半)のはBCRの影響。

  Woody−Stuwartさんの想い出
Date:
今年で31になる会社員です。BCRとの出合は、レスリーがCXの「なるほど・ザ・ワールド」に出演したのを見てたのがキッカケでした。その後、いろんな形でBCRは僕に至福の時を与えてくれてます。ギン恋のBGMで全曲BCRを使用されたときは大喜びでした。そのご、レンタルショップへ走り、CDを借りたのは云うまでもありません。

  yuzuhikoさんの想い出
Date:
エリックが大好きだった!中1の頃からロックに目覚め、クイーンを聴きまくってたんだけど、ラジオのヒットチャートで、いつもクイーンの上を行くやつらがいて・・・最初はいまいましく思ってたんだ。あ〜〜また、この歌だ〜〜!って。それが、Saturday Night だった。そのうち、気がついたらもうすっかり、BCRファンになってたんだ。友達とタータンチェックのお揃いを着て、出かけたりしてた。楽しかったな〜〜。今でも色んな音楽を聴くけど、BCRを聴くときだけは、ちょっと他のとは違う気持ちになれる。楽しくはしゃいでた、あの頃のわたしに戻るんだ。エリックが本当に大好きだった。今でもね。

  Ego Tripさんの想い出
Date:
'76頃から、ファンでした。一番熱くなったのは、レスリーがソロになった頃かな。辞める間際とその後は、めちゃくちゃかっこ良かった!今、何かとBCRブーム(?)ですが、EGO TRIPの頃のレスリーが忘れられているような気がして、少し寂しいです。タータンチェック捨てて、自分の信じる道を行く(行った)レスリーは人生の先生だったように思っています

  美子さんの想い出
Date:
私にとってBCRは過去じゃなくて永遠なるものです。みなさんの投稿を読んでいると胸がしめつけられる想いで涙が出てきます。同じ想いを共有しているんだなぁって感激です。でも、私、後悔していることがあるんです。中学生の頃、必死で集めた特集雑誌や切り抜き・ポスターなんかをいつのまにか処分してしまって、今、残っているのが少ししかないんです。ないと思うと、無性に見たくなるんですよね。とっても残念で悔やんでいます。
でも、レコードとラジオやテレビを録音したテープは、あの頃のままです。大好きなLESやPATの声を聴いては思い出しています。テレビのテープを聴くと光景が浮かんでくるし、一生懸命だった自分の姿と重なるような想いがします。まるで、昨日のことのようです。ビデオは91年に発売された76年のライブを持っています。なんだか、時代を感じるビデオで、とっても懐かしいです。キットカットのCMをやっていた時の下敷きは残っています。忘れもしない、ダイエーのお菓子売り場のおばちゃんにもらったやつです。何枚ももらったなぁ。。。

いろいろ、思い出していくと、ホントにあの頃はBCRに夢中でした。友達の友達っていう人にチケット譲ってもらって、ラサのコンサートに行きました。壮絶な、修羅場のコンサートだったような。。。一緒に行った友達とは今でも仲良しだけど、BCRの話しはほとんどしません。あの頃のまま止まっているのは私だけかもしれませんね。最近は朝、目覚めると何故か ♪ロックンローラー♪のWoodyのパートが耳に浮かぶ?んです。とっても、せつない気持ちで、BCRの曲を聴いています。戻れないと分かっているけど、あの頃に戻ってBCRに浸りたいです。

  Sumieさんの想い出
Date:
私も多くの皆さん同様にRollersに洋楽の扉を開いてもらい、英語に興味を持ったひとりです。今英語が仕事になっていますが、皆さんのメッセージを読んで、自分のような人がたくさんいたことをあらためて実感。きっかけは、ただRollersの曲を英語で歌いたいことだったんですよね。それにしても、「ギンザの恋」で流れた曲をほとんど全部歌えたのには自分でもビックリ!「マイ・リサ」は大好きな曲でした。
あの頃はRollers(特にLes)がすべてでした。2回めの来日の時中学1年だった私はどうしても武道館に行きたくて、学校の先輩を通じてやっとチケットを手に入れました。友だち同士で行くことを母に許してもらえず、母と一緒に見に行きました。2階の一番後ろの席でほとんど見えなかったけど、同じ空気を吸っていると思っただけでどうしようもなく嬉しかったことを今でもよく覚えています。あれから何度も武道館には行きましたが、あの時感じた想いはあの時だけのものだったと思います。

  メグさんの想い出
Date:
私とBCRとの出会いは、高校の時に友人から借りた「青春に捧げるメロディー」のアルバムを聞いてすっかりその音楽に魅了され、それからというものアルバイトしてアルバムを買いあさり、学校を休んでコンサートへ行き、寝ても起きてもBCR!の生活でした。
NHKで放映されたBCRがスタジオで歌ってる姿を見た時にはもう歓喜の絶頂!傍で一緒に見てた母までがそれ以来レスリーの大ファンに!バイト代で大好きだったエリックと同じローラー・ギアを作って、それを着てコンサートに行ったものでした。あの頃はただただ彼らに夢中で、恥ずかしいとか周囲の目を気にする事もなく堂々とローラー・ギアを着て電車に乗ったりしたものです。とても近寄れない遠い存在だったけど、あれ程誰かの為に夢中になって何かをしたのは、後にも先にもこの時だけだったかも知れません。

私の青春時代もまさにBCRに全身全霊を傾けて過ごした日々でした。一度だけ目の前で見る事が出来たレスリーの横顔、そのまつ毛の長いあまりに綺麗な横顔は今でも心の奥に深く焼き付いています。もしBCRの皆さんにお会い出来たなら、「素敵な青春時代の思い出をありがとう!」と心!から感謝したい気持です。また再び、BCRブームに火が付く事を願っています。彼らの音楽の良さを今の時代にも是非、伝えたい!WE WANT ROLLERS!

  当時新潟に住んでいたゆかです。さんの想い出
Date:
エンジェルベイビーさんも新潟で当時コンサートを見たのですね。私も、当時中学生で友達と行きました。私の周りにもデレクのファンの子は、いましたよ。安心してくださいね。もう、あれから、20年以上立ってしまったのですね。信じられないですが、あのころの懐かしい思い出が音楽を聴くとよみがえってきて涙が出てしまいます。主人と娘は、夢中になっていっしよに歌っていると呆れているみたいですが、、、、
主人とは国際結婚で同じヨーロッパの人なのにBCRの事は、知らないようです。寂しいけれど、、、自分の国のあのころ有名だったアバは、知っているのに、、、でも私はどこに居てもずーと私の青春だから忘れない大好きなグループです。あーいつか、あのころの皆といっしよにコンサートに行って騒ぎたい、そしてあのころのことを語りたい。今、娘に言っています、好きなグループとかあったらいっしよにコンサートいこうね。と、、、、

  NOZOMIさんの想い出
Date:
きっかけは忘れてしまいましたが、中学一年の時が始まりです。一番最初に買ったのは、その時出たての「グレイテスト・ヒッツ」です。寝ても覚めても聴けるようにカセットテープにしました。歌詞の意味を知りたくて小学校の卒業記念でもらった初級の英和辞典で、一所懸命調べていました。(初級なので訳(やく)のわからない単語もたくさんあってチンプンカンプンだったような気がします。)
わずかなCMのためにTVのチャンネルを変えたり、毎日、新聞のTV・ラジオ欄にBCRの文字がないかチェックしたり、チューニングに苦戦しながらラジオから流れてくる歌に耳を傾けたりしていました。おこづかいはもちろん、LPや「ROCK SHOW」などの雑誌、コンサートチッケト代に瞬く間に変わりました。本当にローラーズあっての私でした。

エジンバラに行きたい!、ローラーズが来日した時に通訳がしたい!・・私の夢は大きく広がり、当然英語の勉強には力が入りました。おかげで英語が好きになり、夢に一歩ずつ近づくはずでした。しかし、現実はきびしかった!今は、ごく普通の母となっています。上の子供があのころの自分と同い年になり、嵐(ジャニーズの)に夢中になっているのを見ると、切なく、ほろ苦く、そして熱かったあのころを思い出さずにはいられません。

  とり♂さんの想い出
Date:
自分がBCRと出会ったのは77年の中学2年のときでした。当時男でBCRが好きだと公言することはとても勇気のいる行為でした。自分も当時は公言してはいませんでした。それでもカセットとかはかなりきいていました。でも公言している人をからかっている当人がけっこうたくさんレコードとか持っていたりして、なんとも不思議な存在でした。
中学3年のときに高校入試の試験勉強がきびしくなって、もっていたカセットなどを一時床下にしまって勉強に没頭することにしました。合格したらもういちどやるぞ。そう思っていました。でもいざ高校入試がおわってみたら、BCRはすっかり消えてしまっていました。その後洋楽好きの友達ができることもなく、自分のこの方面の趣味は14才のままフリーズしたままになってしまいました。あんなことはするんじゃなかった。大切な友達を床下に閉じ込めたそんな気がします。

1993年12月21日の70Sローラーズ(レスリーとイアンのバンド)のクラブチッタ川崎公演は見にいきました(チケットの半券はいまでも手元にあります)。ゲストにローリー寺西がでていました。クラブチッタは全席立ち見なので、遠慮なく前の方に行きました。目の前で見るレスリーとイアンは意外と小柄に見えました。コンサートは本当にすばらしかった。男性は少なかったけどちらほらいて、彼らとともにデタラメ英語で演奏されている曲をくちづさんだりしました。

最近ドラマで挿入歌として使われているようですね。プロデューサーは同世代でしょうか。またブームになればいいと思います。そしてまたコンサートに行けたらと思います。

  じゅんこさんの想い出
Date:
中1になる息子が何故か中澤裕子さんの大funで、最近テレビで始まった「銀座の恋」を見ていたところ流れる、流れる懐かしいmelody。嬉しくなってしまいました。思い起こせば20年以上も前のことになってしまいますが、タイトルばかりでなく、歌詞も覚えていて、歌えるのにはびっくりしてしまいました。
woodyが大好きで、日本に来てくれたときも、岡山武道館に見に行きました。後に発行された雑誌に、岡山公演は最悪のものだったらしきことを書かれていて、すごくショックを受けたことを覚えています。私にとっては最高の1日だったのに・・

それからイアンの加入、パットの加入とBCRにも色々な事が起こったように、私も高校受験、高校生活と慌しい日々を送るにつれて、聴くことも少なくなり、たまに見るテレビで(あの人は今?系の番組)昔を懐かしく思っていただけでしたが、乾杯ラガーに始まり、今回のBCR三昧の「銀座の恋」で、私の思いは募っていくばかり・・

週末にはBCRのCDを求めて、息子とレコード屋さんに行ってきます。(当時のレコードは大事にとってありますよ。もちろん)

  yo-koさんの想い出
Date:
偶然このサイトをみつけました。なつかしいなー!ここにあたしと同じ気持ちの人がこんなにいるんだ!ってとてもうれしくなりました。あれからもう20年以上たってしまい、自分の娘はジャニーズなんぞに夢中なんだけど、つい、応援したくなっちゃう・・あの頃の自分がそこにいるから。母にジーンズにタータンチェックを縫い付けてもらったり・・・・woodyと同じ白地にオレンジでWって編み込んであるセータも作ってくれたっけ・・自分も母になり、もうあの頃には戻れないけど、でもあの頃はいつまでも私のなかで輝き続ける宝物です。

  makoさんの想い出
Date:
彼らに出会ったその瞬間のトキメキは今でも忘れはしない。まだ小学生だった...洋楽にそこから入り込み色々な音楽とも出会えた。英語の教科書はもちろん彼ら青春なんて言葉を耳にするたびBCRを思い出す。それ程夢中になれた思い出夏休みの社会の宿題、好きな国を取り上げ調べるなんてことでイギリスは『エジンバラ』を選んで図書館に通い必死になって調べた事・・・・ラジオのアンテナを必死にあっちこっちとノイズを気にしながら聴いていた『輝け!BCR』あれから何年たったんだろう。そしてこのHPに偶然出会えた。たくさんの方の声を目にした時、彼らに初めて出会ったあの時が蘇ってきた。何年たってもけして忘れることのない思い出これからも、いつまでも。

  小島久美子さんの想い出
Date:
私は初来日の頃から、ズ〜トレスとパットのファンでした。今でも全部口ずさめます。レスのロンドンとハワイのツアー行きました。今では二児の母になり子供に誰〜レスって、、言われています。私にとってローラーズはまさに青春そのものでした、追っかけもいっぱいしたし、伊丹さんにもずいぶんお世話になりました、友達とエジンバラのパットの家にも行きました、思い出してとても懐かしくあの頃の熱い思いがこみ上げてきます。私たちのローラーズは永遠です

  春美さんの想い出
Date:
私がローラーマニアになったのは、皆さんより遅くって78年頃でした。当時私は19歳で、BCRの事はもっと前から知っていたんですが、なんか人気がありすぎたので、あえて無視していたんです。ところが偶然ロックショウを見たときLESに一目惚れしてしまいました!すぐにミュージックテープを買って毎日聴きまくり、寝ても覚めてもLESばかり...

そのころ、ロック専門に聴かせる喫茶店(アマチュアバンドの人がたくさんバイトしていました)やライブハウスによく行きましたが、20代のバンドをやっている人たちは皆、BCRのことをバカにしていて悔しかった。いまこうして、JCRをはじめ大人の人たちが真剣にBCRの曲を演奏してくださるのがうれしくてたまりません。BCRほど、実力を不当に低く評価されたバンドも珍しいと思います。女の子のファンが多い=アイドル=くだらない←短絡的すぎます!でもこうやって、何十年とBCRにはまっていられるのは彼らが本物の証拠です。

  エンジェルベイビーさんの想い出
Date:
ローラーズを知ったのが小学校6年生の時。父から買ってもらったラジカセから流れてきたのが「エンジェルベイビー」。その時は初めて聞く洋楽だし、「へー・・いい曲だなー」くらいしか感じなかったんだけれど、それからいつでもラジカセを付ければ「バイバイベイビー」や「エンジェルベイビー」が流れていて 何時の間にか知らないうちにベイシティローラーズってどんな人達だろう・・・って思うようになり、本屋さんでミュージックライフを見つけ開いたら「タータンハリケーン日本上陸」と書いてありそこには「一番人気はレスリー」と、書いてありました。私はその中のデレクに一目ぼれ状態でした。
それ以来デレク一筋。新潟公演の時、ローラーズギアを作ってもらい背中に大きくDEREKと入れて行きました。でも、そこでは「ねぇ・・見て見てデレクだって」と批判する声ばかりが私に聞えてきました。私は心の中で「何言ってるのよ、デレクがみんなをまとめてるのよ」と強がりを言ってました。ローラーズのファンならメンバーの悪口言うな ! って感じです。あの人達は今もずーっとローラーズのファンで居るんでしょうか・・。今もファンである事を祈っていますが、お願いです。デレクもローラーズのメンバーなんですから悪く言うのはやめてーーーーーーーーーね。でも、これを読んでくれる人達にはそんな人は居ませんね。

私はもうすぐ40歳。28年間私を支えてくれたローラーズ。もちろんこれからも私を元気にしてくれるローラーズ。ローラーズばんざ〜い \(^o^)/。デレクは私のかけがえの無い人でーす。(^○^)

  かつやさんの想い出
Date:
はじめてベイシティローラーズの曲を聴いたとき,ビビビっときたんだよね!あれは,初めてラジカセをかったときだった,兄の影響で偶然聞いたあの一曲,二人だけのデートこれは,僕の右脳に一撃,重低音から始まる,あのメロディー今聞いても、しびれてきます。あの時買い揃えたアルバムは,擦り切れるほど聞いたけど,今も時々聞いては,懐かしんでいます。復活を楽しみにしています。

  ラズベリーさんの想い出
Date:
小5からファンです。
今35歳で3児の母です。Rollersは私の人生のすべてでした。お陰で英語の職にもつけ世界中を見てきました。でも自分が23歳の頃毎日面白おかしく暮らしていても(あのときの彼らと同い年。こんな自由があったのだろうか。)気になりました。しかし、こうして元気なかれらの情報がすぐ手に入るのだから。むかしよりみじかになったのかも。25歳のとき念願のエジンバラ旅行は見るひとすべてがレスに見えたり、スコットランド訛りが懐かしく感じました。先日、身内に急な不幸があり落ち込んでおりいろいろなCDをかけました。でも何かが違うのです。そしてBCRのテープを聞いてやっと心が落ち着きました。3日毎日きいていました。そして今日だめもとでページを開くとこうしてお会いできたのです。ファンのかたがたと、、、日本のBCRのファンって世界1だと思いませんか?

  BONOさんの想い出
Date:
この頃懐かしい曲がいろんな所で流れていますよね。そんな時、やっぱり大好きだったローラーズのことを思い出しちゃいます。4年くらい前に実家が引越しをして、置きっ放しにしていたローラーズのレコードやカセットを引き取ってきました。『輝け!ベイ・シティ・ローラーズ』とか、日本公演のライブテープとか、全部で80本以上はあると思います。あの頃は低機能のラジカセしかなかったので、音は悪くて、とても聞けるものではありませんが、一生懸命だったんですよね〜。あれほど夢中になって、今でも心が熱くなるローラーズって、やっぱり偉大ですよ。『すてきな君』が大好きで、何百回聴いたかわかんないくらいです。

今手元に、1977年に来日したときにフジテレビで放送したスタジオでのライブのビデオがありますが、今では家宝にしています。悲しくてどうしようもないときにだけ見るようにしているんですが、一緒に歌って、泣くと不思議なくらいすっきりして、元気がでるんですよ〜。中学2年生のあの頃と同じ気持ちに戻れることなんて、他にないですよね。コンサートにも一度だけですが行くことができて、ローラーズを自分なりに100%感じることができて大満足でした。

今になって、昔のことを思い出して、熱く語ることができるなんて夢のようです。『私も好きだったよ。』という人はいますが、もう過去の話といった感じ。私もちょっと恥ずかしくて、多くは語れませんでした。でも、このサイトでは当たり前なんですよね〜。なんだか嬉しさと切なさが入り混じった妙な気持ちです。こんなにたくさんの方が昔の気持ちを持ちつづけているなんて、すごいですよね。

私も頑張らなくちゃ!また今度懐かしい思い出をいろいろお話したいと思います。たくさんあるんですよ。これが・・・。

  KEMIさんの想い出
Date:
もう、まもなく20世紀も終わろうという時に自分としては本当に驚く程、ぐうぜんにBCRについてこうして投稿しようと書き込んでいるなんて・・・。

それほど、申し訳ないほどにBCRに熱中していた中学生時代がすぎた後は、すっかり記憶の彼方へと追いやっていたのです。高校1年の時に埼玉から京都へ転校した事で環境が変わってそこには埼玉の様にBCR狂いという人達が全くいませんでした。外国の音楽にははまっていきましたが、逆にBCRの音は少々幼稚に聞こえたりしてしまって?!MTVが主な情報源で一生懸命見ておりました。

だけど、私の原点はやっぱりBCRなんだ、と今更自覚した次第です。なぜかHPでBCR関連を検索してみてこんな素晴らしい仲間がBCRについて語りあっておられたとは(それも読めば自分でも共感してうなずける事ばかり)知らなかった!先週、BCRのBESTCDを買いました。私の大好きだったIanのVocalによるDedicationを始めとして、なつかしくてなつかしくて。なぜ一時期頼りない風に聞こえたりしたのか。全力でひとつの事に打ち込んだあの頃が一番大好きです。原点に返った感がする今再び彼らを見つめていきたいと思っています。

  ようよさんの想い出
Date:
私とローラーズとの出会いは、76年の初来日の時。当時小5でした。若い頃からロック好きの母から、すごい人気のグループが来日したと聞きました。「ファンが失神しちゃうんだって!」って。どんな人たちなのかなーと、雑誌を見てみると…「えー、なんだこれ〜」。子供だった私には、青い目、ブロンドの髪、彫りの深い顔は違う星の人に見えました。でも、NHKの「ヤングミュージックショウ」でライヴをやると知り、まあ、どんなか、とりあえず見てみることにしました。

始まりました。ステージには真っ白いドライアイス。登場した5人のメンバー。グラビアで見るよりずっと親しみのある笑顔、ステージを飛び跳ねるように楽しそうに歌い、演奏する彼らの姿、そしてそして何より素敵な音楽…。ロックは(洋楽自体が)私にとって未知の世界でしたが、そんな私にもの凄い衝撃を与えたのが彼らでした。一瞬にして、私は彼らのファン(というより゛とりこ゛)になっていました。一緒に見ていた母、兄、妹も同じだったようです。

最初、私の心を動かしたのはパットでした。(やっぱり子供に一番近かったからでしょうか)「私、あの人がいいな」。とりあえず宣言しとかないとね。さて、番組も終わり、呆然としたまま私は兄に雑誌を見せ「お兄ちゃん、私がいいって言った人、どの人?」兄はしばらく考えていました。パットを探していたのですがどれだかわからないようでした。それもそのはず、そのグラビアはイアン時代のものだったんです。兄は考えた末「この人だよ」。私は兄が指したその人を見て「へえ、この人かぁー。写真で見ると、ちょっと違うけど…ウッディーっていうのかー!」何も知らない私は、その日からウッディーファンになったのです。

それからは3兄妹で、寝ても覚めてもローラーズ一色。(ちなみに兄=レス、妹=パットファン)パットとウッディーの違いに気づいたのは、それからしばらく後のことでした。でも、時すでに遅し。もう私はウッディーひとすじ。後へは引けない、筋金入りのファンになっていたのでした…。こんなふうに私は彼らと出会い、あれからもう20年以上がたちました。途中、JAPAN、ヘヴィメタ、ユーロビートと浮気を繰り返し(あ、でも同窓会コンサートには、ちゃんと行ってましたよ)そしてまた帰るべき場所に帰ってきました。ローラーズを語らせたら一冊の本が書けてしまう…それくらいたくさんの思い出をくれた彼らは、いつまでも色あせない、私の大切な宝物。

そして、いまだに彼らを応援しているローラーマニアがこんなにたくさんいるという事実も。この゛同士たち゛も、私の宝物です。

  やまんさんの想い出
Date:
私にとってBCRとは????たくさんのいい曲とたくさんの思い出をありがとう。って感じですかね。

私がBCRを知ったのは、姉の影響でした。当時私は小学5年生だったかな?お金のない私は、姉が買ったレコードをカセットテープに録音(当時、家には古いステレオしかなくてレコードかけることしかできなかったんですが、スピーカーの前に自分のラジカセ置いて、両親には静かにしてっ!!って言って録音してました)して、聴いていました。私と姉とで、BCRのアルバムは全て持ってましたね。あと、雑誌(主にROCK SHOW)の切り抜きを下敷きに挟んで、学校にもっていくと周りの女の子が見せてっ!!って寄って来ましたね。男の子の間ではあまり人気がなかったようでしたね。

最近、無償に聞きたくなるんですが、レコードプレイヤーが壊れてしまった時にレコードを全て処分してしまいました。オリジナルアルバムのCDは今でも手に入るのでしょうか?レコードショップで見かけるのはベスト盤ばかりで、もっといい曲があるのにって不満に感じます。一番聴きたいのが当時はなんだ?って思った「風のストレンジャー」です。私も大人になったのかな?「雨のニューヨーク」等いい曲があったと思います。

ちなみに姉は、イアン、パットの可愛い系が好きでしたね。私は断然レスリーが好きでした。あの甘い声と体育会系の元気なステージアクションが最高に良かったですね。みなさんも書いてますが、BCRからは「元気」をもらいました。「本当にありがとう」としか言いようがないです。

  リノさんの想い出
Date:
出会いは中一の時の深夜放送の「サタディ・ナイト」ガッツーンと殴られたような衝撃でした。レスリーの大ファンで、夢中で彼の声に聞きほれていました。沢山のマニアたちとの出会い、もう私の青春そのもの!曲を聴くと今でも当時に戻ってしまって、涙が出てしまいます。いろんなことがあったなぁーパワーや元気を沢山もらいました。ロック・ショウのペンパルコーナーで知り合った、アトランタ在住の日本人のウディファンの友人、、、。彼女とはローラーズが薄れていったあとも、20年間も友達でした、来日時にはあったりしてましたし、ローラーズのアメリカでの放送をテープに録音して送ってくれたり、青春の思い出を一緒につくった感じでした。

が、2年半前にガンに倒れアトランタでキャリアウーマンしてましたが、亡くなりました。お母様からお手紙が来て、山のようなローラーズのコレクションと沢山のマニアとの手紙、CD、ロック・ショウ、、、。「娘にとっては良い思い出だったようです」書いてありました。こうしてローラーズの思い出を書き込める私はただ運がいいだけなのかもしれない、、、。ローラーズ!沢山の出会いをありがとう!そして最後に直接本人に言えなかった事、「沢山のいい思い出をありがとう、なおこ、、、」

彼女が大好きだった曲「青春に捧げるメロディー」を捧げます!ごめんなさい、泣いちゃいそうだ、、、。楽しいカキコなはずなのに、すみません。

  アッコさんの想い出
Date:
最近の若者にBCRの話をしても「なにそれ?」みたいに言われて、全然話にならなくってなんだか自分がすっごく年取ったようなきがしてあまりしなくなったけど・・・・この投稿文を読んでそうそう!って久しぶりにワクワクしました。

私とBCRとの出会いは、中学2年のとき、友達がウディー命の子で「いいからこれ聞いてみて!」って聞いてみたのがはじまりでした。あのレスリーのステキな声、心にひびく音楽、そして英語がよく解らなかったので日本語の訳しをみてその詞に感動したこと。。。。もうそれからは、レコード買いまくり、ロックショウという雑誌を読みまくり、あけてもくれてもBCRでした。

何年か前にBCRのCDが発売されましたが、残念ながら私は手に入れることが出来ずレンタルで借りてテープにダビングしましたが、今でも手にはいるのでしょうか?時々、TVで曲が流れるのを聞いて懐かしくおもい自分のテープをひっぱりだして大声で歌っています。いまでも歌詞覚えているものですね。

  cocoさんの想い出
Date:
二度目の投稿になります。今も、ローラーズファンがこんなにもたくさんいることに感激してます。こうして、あの楽しかった思い出をシェアできる相手がいることは何よりです。

今でもキットカットを食べるとき、彼らのコマーシャルを思い出します。♪Kit Cut,Yes,I really dig it! 覚えてますか?当時、ビデオがなかった我が家では、テレビとカセットレコーダーを繋ぐ線を買ってきて、コマーシャルタイムをひたすら待ちつづけて、録音しました。(今でも持ってる)実は、そういう点ではコアな私。ローラーズ関係で言えば、ロゼッタストーンも我が街にきたときは、何とAMラジオでインタヴューがオンエアされ、それを親切にも希望者にダビングしてくれたんです。(もちろん、それも持ってる)皆さんに、聞かせてあげたいです!!

そして、これは、もう時効でしょうから、言っちゃいますが・・・実は、スカートの中にミニカセットレコーダーを仕込んで、コンサートの音もとっちゃたのがあるんです(ここだけの話しですよ。)ほんと、皆さんに聞いていただきたい。エリックが日本のファンにサービスで歌った「さくら・さくら」は、口パクだったのは、印象的であり、残念ですが・・。

あ、それから、 この間の投稿の中に間違ったことを書いてしまいました。ローラーズの応援歌を歌ったのは、「ベイ・シティ・フェロウズ」でした。ごめんなさい!!!では、皆さんの思い出もじっくり読んで楽しませていただきます。KEEP ON ROLLIN'

PS ローラーズのオフィシャルファンクラブは、あの時どうして、最終的に結成できなくなってしまったのでしょうか?

  cocoさんの想い出
Date:
みなさん、はじめまして。最近パソコンを購入して,やっぱり懐かしというよりも、今でも私の中では輝きつづけているのが、BCR。彼らのコンサートに行くために衣装も同じ物を作ってね。今でも、彼らの曲は、空で歌えます。私に英語を教えてくれたのは何と言っても、彼らです。そして,ほかのアーティストにも興味を持たせてくれたのもそう・・・色々と人生,楽しいことをおしえてくれたなぁ。

実は,私,ローカルFM局でパーソナリティをしています。番組のキャラも合って、中々全面的にローラーズをかけるわけにはいかないのですが,やれるときバンバン、私の独断と偏見でかけさせてます。とある局のとある番組は,懐かしいLPレコードをかけているのですが,そこでは,お構いなしにおりを見て、ローラーズのレコードをセレクトして,思い出とともに語っています。

ところで,皆さんは,ローラーズの来日前に、応援歌がリリースされていたのをご存知ですか?私は,そのシングルを持ってます。 「ローリング・フェロウズ」というグループが歌ってたもの。おぼえてますか?練習いっぱいしたのに、結局,誰もコンサートでは歌ってなかった・・・ま、もっともっと思い出があるんだけど。又にします。

  chakoさんの想い出
Date:
わたしがはじめてベイシティローラーズを知ったのは中学2年の夏、学校からかえって何気なくTVのチャンネルをまわしていたらどかーん!とまさにハマってしまったんですね。その映像に。忘れもしないNHKのBCR『SHANG-A-LANG』でした。部活から帰ってきて制服も着替えずに、ただただずーっと見入ってましたっけ。そして番組が終わったあと、なんと生まれて初めて番組にハガキを書くということに・・・。そうです。きっとこのカキコミの方々にもいらっしゃると思いますが、天下のNHKに(!)当時の中2の学生がリクエストハガキなどと勝手に係り名をつけて、番組の再放送を力いっぱい思いをこめてお願いのハガキを投稿したのでした。そう、季節的には丁度今ごろでしたっけ?ちがうかな・・・?

もう本当に遠い記憶ですが、その日のことは今でもキラキラ輝く思い出です。それからの数年間、怒涛の初来日やパットの脱退、アランの復活や再来日、そして悲しくも現実となってゆく人気のカゲリ・・・。本当に色々考えたり、感動したり、泣いたり、失望したりとまさに青春でした。でも、何があっても忘れないのが彼らをはじめて知ったあの瞬間です。わたしに英語や海外への興味を持!たせてくれたり、音楽の楽しさを知るきっかけとなったあの日が今のわたしの原点のような気がします。

今30代後半になって、好きな英語の仕事でごはんが食べていけるのは、本当に彼らのおかげなのです。外国人タレントなら誰でもよかったんじゃない?と人から言われることもありますが、BCRだからこそなんです。彼らの歌には本当に『楽しさ』があったから。人がなんと言おうと私は彼らのメロディーラインや歌詞そのものがとっても好きです。大人になってJAZZやラテン、フュージョンなども含めて色々音楽は聴き、そして好きになりましたが、今でも一緒に口ずさんで胸があたたかくなるのは、 BCRの歌なんですねえ。

う〜ん、特に『噂のベイシティローラーズ』という邦題のアルバムかなあ。先日、ひょんなことからその当時の『SHANG-A-LANG』のDVDソフトが発売されたことを知り、狂喜乱舞してしまいました。何せ、プレーヤーもないのに先にそのDVDソフトを買ってしまったのですからね。本当に感動です。私にとってのBCRとの出会いになったあの映像が、当時14インチのテレビで小さくなっていたあの映像が、エリックやレスリーの笑顔、ウッディのあどけなさが最新の技術で私の目の前に蘇ったのです。と同時に少し忘れかけていたあの日の情景が一気に思い出され、気がつくと目頭から涙がポロポロこぼれていました。すべてが懐かしく、そして今につながる原動力となってくれたBCRはかけがえのない存在です。

  ひろりんさんの想い出
Date:
みなさんの投稿読んで、涙が出そうです。私もそう、Rollersがすべてだった!当時中学生だった私は、いつかEricにあったときお話できるようにって、そりゃ、必死で英語の勉強しました。生まれて始めて学校さぼって広島から大阪の府立体育館までコンサートにも行きました。(もち、タータンチェックに身を包み)あの時の感動は忘れられない。いっぱいいっぱい涙がでた。Rollersと同じ時間を過ごしてる、同じ空気をすっている・・・

時は流れ、子供3人を怒鳴り散らす毎日を過ごしてる私。でも、時々、TVのBGMなんかでRollersの曲使ってるのを聞くと、即、タイムスリップしてあのコロの私にもどっちゃう。いまでもちゃんと英語でうたえる。(そういう曲だったから好きだったんだよね。)そのBGM使ったひともきっとRollerManiaなんだわってすっごく親近感覚えるよね。RollerManiaって、自分に英語の名前つけてたでしょ?おたがい、こてこての日本人顔で、英語の名前で呼び合ってたの。(ちなみに私はMelissaなんてつけてたよん)

ひえ〜なっつかしい!です。その後、EricからIanに鞍替えした私ですがRollersもRossetaStoneもずっと好きだった。でも、私の場合、おじさんになってしまった彼等を見るとちょっと悲しくなっちゃうので、思い出の中だけで、彼等を愛していくことでしょう。なんてね。

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